奈良地方裁判所葛城支部 平成10年(ワ)224号 判決 1999年8月31日
原告 A野春子
右訴訟代理人弁護士 石川量堂
被告 株式会社ホワイトハウス
右代表者代表取締役 福山美知子
右訴訟代理人弁護士 戸谷茂樹
主文
一 被告は原告に対し、九七万〇七〇〇円及びこれに対する平成九年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、三一九万四〇〇〇円及びこれに対する平成九年一月一二日(本件売買契約締結の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、宅地建物取引業者の媒介により不動産を購入した者が、カーポートの利用に伴う私有地の通行権の有無に関する右業者の説明義務違反により損害を被ったとして、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 当事者
原告は、橿原市所在の私立D原保育所に勤務する用務員である。
被告は、不動産の売買、仲介及び賃貸借等を目的とする株式会社であり、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)三条に基づく宅地建物取引業者としての免許(免許証番号・奈良県知事(三)二六四一号)を有している。
今川伸夫(以下「今川」という。)は、後記売買契約及び媒介契約当時、被告の従業員であった。
2 不動産売買契約及び媒介契約の締結
原告は、平成九年一月一二日、B山松夫との間で、原告が右B山から別紙物件目録一及び二記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を代金二九〇〇万円で購入する旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
原告は、本件売買契約に先立つ平成八年一二月頃、被告と不動産の媒介契約(以下「本件媒介契約」という。)を締結し、本件売買契約の代金決済日である平成九年二月二四日に、媒介手数料として、七二万一〇〇〇円を被告に支払った。
3 本件不動産内のカーポート利用のための第三者所有地の使用の必要性
本件不動産には、軽自動車用のカーポート(以下「本件カーポート」という。)があるが、右カーポートから本件不動産の西側にある公道(市道)に出るためには、C川竹夫(以下「C川」という。)所有の別紙物件目録三記載の土地(以下「C川所有地」という。)を通る必要がある(右位置関係は、別紙図面のとおりである。)。
二 争点
1 被告の責任
(一) 原告の主張
(1) 債務不履行責任
宅地建物取引業者は、媒介契約にかかる不動産の売買契約の成立するまでの間に、重要事項の一つとして「私道に関する負担」(宅建業法三五条一項三号)を説明しなければならず、これには、本件のように媒介契約にかかる不動産の利用に関して必要な私道の使用が制限されている場合も含まれると解されるし、また、媒介契約にかかる不動産の売買契約の成立するまでの間に、「当該宅地又は建物の用途その他の利用に係る制限に関する事項」(宅建業法三五条一項一二号、同法施行規則一六条の四の二第三号)を説明しなければならず、これには、本件カーポートから公道への出入りに必要な道路の使用が制限されているか否かも含まれると解され、さらに、原告は、本件不動産の取引の媒介の依頼にあたり、被告の従業員の今川に対し、「原告が同居している、実母のA野花子(以下「花子」という。)は、肢体不自由のため(身体障害者二級)、歩行が困難であるので、購入する物件には駐車スペースの存在が不可欠である。」旨申し入れているのであるから、被告は、宅建業法の右諸規定ないし本件媒介・契約締結の経緯等に照らし、本件媒介契約に基づく善管注意義務の内容として、C川所有地に関する所有者の通行承諾の有無及びその具体的内容について、本件売買契約の成立前に正確に告知する義務があったものというべきである。
しかるに、被告は、C川所有地の通行に関する承諾書(ほぼ無条件の通行が保証された内容)の見本を原告に交付し、本件売買契約が成立すればC川所有地については通行承諾書をもらう旨の回答をしたのみで、右通行承諾には何らかの条件が付くという説明を全くしなかったところ、本件売買契約成立後C川から得られた承諾は、①C川所有地はC川が駐車場及び専用通路として使用しているので、その使用に迷惑のかからない範囲でC川所有地の利用を認める、②本件不動産とC川所有地の境界にあるゲートや塀は本件不動産内に入れるか収去する、③承諾の同意書は原告一代限りとするなどという内容のものであり、それ以上C川の譲歩は望めず、しかも現時点におけるC川の使用状況も、C川所有地に常時二台の自動車を駐車し、そのうち一台をC川所有地から公道への入口部分に駐車し、もう一台をC川所有地の奥に駐車している状態で、結局原告が本件カーポートからC川所有地を通って自動車を自由に公道に出すことは見込めないものであるから、被告が前記義務に違反したのは明らかであり、これにより原告の被った損害を賠償する責任がある。
(2) 不法行為責任
宅地建物取引業者は、「重要な事項について故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為」や「当該契約の目的物である宅地又は建物の将来の環境又は交通その他の利便について誤解をさせるべき断定的判断を提供すること」が禁止されており(宅建業法四七条一号、四七条の二第三項、同法施行規則一六条の七第一号イ、なお、同法六五条二項二号、八〇条参照)、本件カーポートから公道への出入りに必要なC川所有地の使用の可否も、右「重要事項」ないし「建物の利便に関する事項」に該当すると解され、右禁止規定に違反して他人に損害を与えた場合は取締法規違反として不法行為責任を負うところ、被告の従業員である今川は、被告の事業の執行につき、C川所有地について原告が自由に通行することについての承諾が得られる見込みが全くないか、少なくともそのような通行承認を得られる確証がないにもかかわらず、本件売買契約締結前にこれがあるように原告に告知し、原告に誤解を与え、原告をして本件売買契約を締結に至らしめ、原告に後記損害を与えたものである。
従って、被告は、民法七一五条により、原告に対し、損害賠償責任を負う。
(3) 選択的併合
右(1)及び(2)は選択的併合の関係にある。
(二) 被告の主張
(1) 原告の購入した本件不動産の前面道路は公道(市道)であり、本件不動産そのものへの出入りについては何の支障もないから、原告主張のC川所有地の利用は、宅建業法三五条一項所定の重要事項にはあたらない。
今川は、原告に対し、C川所有地の無条件の通行が確保されると告げたことはないし、また無条件の通行が確保できるように告げたこともない。
そもそも、土地の形状や所有関係からして、原告がC川所有地を無条件で自由に利用できることは有り得ず、そのことは原告も容易に知り得る状況にあったのであるから、被告には原告主張の説明義務はない。
なお、被告の今川が承諾書の見本を原告に交付したことは確かであるが、右はあくまで参考にすぎず、またその内容は本件売買契約書等に明示されているわけではないのであって、被告がC川所有地の自由使用を保証したわけではないし、被告の担当者としては、C川所有地の通行承諾を得る上で相応の努力をしたものであり、原告があくまで自由使用にこだわるためにC川との調整がつかないものであるから、被告が責任を問われるいわれはない。
(2) 本件売買契約の決済時において、私道に関する確認文書の準備が出来ていないことが判明したが、その際、右文書は本来売主側の仲介業者が取得すべきことが説明され、右業者も不手際を謝罪し、以後もその責任において取得する旨が説明されて、原告もこれを了解したものであるから、これにより被告の責任は免除された。
2 原告の損害
(一) 原告の主張
(1) 本件カーポート使用価値相当の損害 九〇万四〇〇〇円
(2) 鑑定費用相当額 一五万七五〇〇円
但し、不動産鑑定士改賀正明に対する右(1)の鑑定費用相当額
(3) 慰謝料 二〇〇万円
原告は、わざわざ住宅ローンを組んで本件売買契約の売買代金二九〇〇万円を支払い、被告にも媒介手数料を支払ったにもかかわらず、本件カーポートの使用ができず、前記のとおり、原告の母花子は、下肢の障害により歩行自体が困難であるため、本件不動産から離れたところに別の駐車場を借りた上で本件不動産に居住するということもできないのであり、最終的には本件不動産の転売も考慮せざるを得ない状況にあって、その精神的苦痛は甚大である。
(4) 弁護士費用 二九万円
(5) 右合計三三五万一五〇〇円の内三一九万四〇〇〇円を請求する。
(二) 被告の主張
(1) 前記のとおり、本件においては、原告とC川が譲り合った形でしかC川所有地の利用ができないことは当初から予測できるところであり、C川の提示した条件でも本件カーポートの効用がなくなるわけではないところ、C川が現状のような使用を始めたのは、原告がC川所有地の無条件の利用に固執したからであるから、被告の義務違反と原告の損害の発生との因果関係はない。
(2) 原告は、本件売買契約において、本件不動産の価格を十分値切っているのであるから、仮に本件カーポートが利用できないとしても、原告に損害が発生することはない。
(3) 本件においては、財産的損失の填補以上に慰謝料を支払うべき状況はない。
第三当裁判所の判断
一 前提事実
前記争いのない事実及び《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
1 原告は、私立D原保育所に勤務する用務員であり、母の花子と同居している。なお、原告は、これまで不動産関係や建築関係の職業に就いたことはなく、不動産取引も本件不動産が初めてである。
花子は、変形性脊髄症のため、両下肢機能障害があり、奈良県から身体障害者二級に認定されており、一人ではほとんど歩くことができないため、通院先の天理よろず病院にも原告の運転する自動車で通院している。
2 原告は、平成八年七月頃、被告の広告を見て、被告に連絡をとり、被告の従業員である今川と不動産購入の交渉を開始した。
原告は、原告の母の足が悪いので、家の中からすぐに駐車スペースに出られる家を希望する旨今川に告げると、今川は、本件不動産を原告に紹介した。今川は、その際、メモを利用して、本件不動産の価格等について説明したが、本件カーポートに面する土地(C川所有地)の使用に関しては、右土地は、C川の所有地で、地目は宅地であること、本件カーポートへの出入りは、右メモの別紙のとおりの通行承諾書(今川が右メモの別紙として添付した承諾書は、本件とは別の土地の、第三者間のものであるが、確認事項として、①貴殿所有地より公道までの道路として使用を認める、②道路として認めた土地は、私有地といえども道路として形態及び目的を変更しない、③将来貴殿が自己所有地を売却等で第三者に譲渡する場合でも、同様道路として使用を認める、④将来私が当該所有地を第三者に譲渡する場合、新所有者にも本通行権を無条件で引き継ぎさせるなどと記載されている。)を原告宛に発行してもらうことを説明した。
原告は、結局右の時期には、資金繰りが出来なかったため、一旦売買の依頼を撤回した。
3 本件不動産とC川所有地の位置関係は、別紙図面のとおりである。なお、同図面のC川所有地の南側に位置する別紙物件目録四記載の土地は、C川以外の第三者所有であり、右土地にもカーポートが設置されていて、常時自動車が駐車されている。
C川は、常時自動車二台をC川所有地に駐車しているが、同図面のとおり、二台共本件カーポートより東側(奥)に駐車していれば、原告は本件カーポートから自由に自動車の出入れが可能であるが、内一台をC川所有地の公道との入口部分に駐車すれば、本件カーポートからの自動車の出入れは事実上不可能となる。C川は、本件不動産に前所有者のB山が居住している間は、自動車二台共本件カーポートより東側のC川所有地の奥に駐車していた。
4 原告は、平成八年一二月頃、再び被告に本件不動産売買の媒介を依頼して(本件媒介契約)、今川が担当し、平成九年一月一二日に本件売買契約を締結した。右媒介契約の際には、売買代金とリフォーム以外は従前の媒介契約の際と同じという前提で話が進められ、C川所有地の使用に関し、特段今川から新たな説明がされた形跡はない。
本件売買契約に関しては、売主側の仲介業者としてヤマト住販が関与し、原告に対し、重要事項説明を行ったが、C川所有地の使用に関する事項についての説明は特段行われず、右に関しては、今川は原告に対し、売買代金の決済時にC川作成の通行承諾書を交付する旨説明していた。なお、今川は、通行承諾書の取得に関しては、当初ヤマト住販に任せていた。
5 原告は、平成九年二月二四日に、本件売買代金と本件媒介手数料を支払ったが、その際には、通行承諾書の交付を得られなかった。なお、C川は、前所有者のB山が本件不動産を退去したころから、所有自動車の内の一台をC川所有地の入口付近に駐車するようになった。
今川は、ヤマト住販に、再三通行承諾書の取得を督促したものの、得られないため、今川自らC川に意向を確認したところ、同人は、「前の所有者のB山さんは先に住んでいたので既得権として何も言えなかったが、今回所有者が替わったので、これを機会に自分が専用に使いたい。」旨述べていた。
平成九年四、五月頃、ようやく被告を通じてC川から通行承諾書の案として、「通行同意書並びに覚書」と題する書面が交付されたが、その内容の骨子は、①本件不動産とC川所有地にまたがる本件カーポートのゲートはC川所有地に越境しているので、撤去又は本件不動産内に全部入れること、②C川所有地について人や自転車の通行は認めるが、自動車の通行(本件カーポートの利用)に関しては、C川所有の自動車(現在二台、将来増車両も含む。)や自転車、単車の駐車使用に支障のない範囲で使用を認めること、③C川所有地の通行の同意は原告一代限りとすることというものである。
6 今川は、平成九年六月二〇日、原告に対し、C川の提案内容を記載した図面を郵送したが、その内容は原告が別紙図面の本件カーポートのゲートと青色部分の塀を撤去し、赤色部分をC川に通路として提供するというものであった。
原告は、右内容に納得できず、平成九年一〇月一五日、被告に対し、内容証明郵便で、C川所有地の通行を確保するよう申し入れると共に、同年一一月一五日午後一時までに右履行ができない場合は、本件売買契約を解除し、被告に損害賠償を請求する旨通知し、右郵便は同年一〇月一六日に被告に配達された。
その後、平成九年一一月頃、被告を通じてC川から別の通行承諾書の案が示されたが、その内容も基本的には前記の四月頃の案と同様であり、本件不動産とC川所有地との境の塀(別紙図面の青色部分)を原告が収去することという条件も付加されていた。
7 なお、原告は、本件売買契約締結後、C川に対し、直接C川所有地の使用に関して交渉したことはない。
二 被告の責任について
1 ところで、およそ不動産売買の仲介業者は不動産の売買等の法律行為を媒介することを引き受けるもので、事実行為たる媒介の性質に照らし仲介契約は準委任契約であるから、仲介業者は一般に不動産取引について専門的知識と経験を有するものとして、依頼者その他取引関係者に対し、信頼を旨とし誠実にその業務を行い、委任事務である仲介業務の処理に当たっては準委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもってこれを処理することを要する(民法六四四条、六五六条)。
従って、宅地建物取引業者としては仲介契約の本旨に従い善良な管理者の注意をもって、売買契約が支障なく履行され、売買当事者双方がその契約の目的を達成し得るよう配慮する義務を有しているところ、本件カーポートの利用に関するC川所有地の通行権の有無は、本件の土地の位置・形状に照らせば、本件カーポートの利用価値に直結するものであるし、しかも本件においては、依頼者である原告から本件カーポートの使用の必要性を強調されて媒介の依頼を受けているのであるから、右通行権の有無は、原告が本件不動産を購入するか否か、ないしその購入代金はいか程にするか等の決定に重大な影響を及ぼすことが明らかであり、また被告にとって、その調査確認も容易である。してみれば、被告としては、右事項が直ちに宅建業法三五条一項各号の重要事項に該当しないとしても、同法三五条一項三号等に準じるものとして、C川所有地の通行権の有無及びその具体的内容等について原告に説明する義務があるものと解するのが相当である。
そうであれば、被告の従業員である今川は、本件売買契約の仲介をするに当たって、前記認定のとおり、C川所有地の通行権の有無に関して何ら詳細な調査を行うことなく、従前のC川所有地の利用形態からして簡単に通行の承諾が得られるものと軽信し、原告にほぼ無条件の通行承諾書の見本を示し、あたかも同様の内容の通行の承諾が得られるかのような説明をしたにすぎないのであるが、結果的にC川は、原告に本件カーポートのゲートや塀の撤去の要求をしたうえ、従前のC川所有地の利用形態を変更し、自らの自動車等の利用を優先させ、それに支障のない範囲でしか自動車の通行を認めないという態度を示しているというのであるから、今川に右の点につき民法七〇九条の過失があるのは明らかであり、被告は原告に対して民法七一五条の責任を負うものといわざるをえない。
被告は、土地の形状や所有関係からして、原告がC川所有地を無条件で自由に利用できることは有り得ず、そのことは原告も容易に知り得る状況にあったのであるから、被告には原告主張の説明義務はない旨主張している。しかしながら、前記認定のとおり、C川は、従前所有する二台の自動車をいずれもC川所有地の奥に駐車し、本件カーポートの利用に特段支障のない利用を行っていたのであり、今川が見本として原告に交付した通行承諾書の対象の土地の地目が公衆用道路であり、C川所有地の地目が宅地という違いがあるとしても、不動産売買の専門家ではない一般人である原告がC川所有地の利用の制限を容易に知り得たとは到底いえないというべきであり、被告の右主張は採用できない。
また、被告は、C川が従前のC川所有地の利用形態を変更したのは原告がC川所有地の自由な使用に固執するなどしたためであり、原告の責任によるものである旨主張している。しかしながら、前記認定のとおり、原告がC川所有地の使用に関して直接C川と交渉した形跡はないし、C川は、原告個人とは無関係に、本件不動産の所有者が変わったことを契機としてC川所有地の利用形態の変更をしたとの意向を表明しているのであるから、C川所有地の使用が出来ないことにつき特段原告に責任があるとは解されず、この点に関する被告の主張も採用できない。なお、前記認定事実によれば、原告は、本件売買契約の代金決済後の今川を通じたC川とのC川所有地の通行権の交渉に際し、C川側の提案を拒絶していることが認められるが、原告としては、C川が従前のC川所有地の利用形態を維持し、従って原告が本件カーポートを利用するにつき特段の制限がない(もとより、前記認定にかかる土地の形状からすれば、原告とC川が同時に自動車の出入れを行うことは困難であり、その意味で互いに譲歩する必要性があるのは明らかであるが、右の程度は利用の制限というほどのものではない。)と信じて本件不動産を購入したにもかかわらず、C川は当初からC川の優先的な利用を前提に、さらに本件不動産内のC川の通行確保などの実質的にC川所有地の通行の対価ともいうべき要求をしているのであるから、原告がこれに応じないからといって責められるべき筋合いではない。
さらに、被告は、通行承諾書は売主側の仲介業者であるヤマト住販がその責任において取得することにつき原告も了承した旨主張し、証人今川伸夫はその旨証言している。しかしながら、前記認定のとおり、原告は被告と本件媒介契約を締結し、本件売買契約締結や代金決済に至るまでの間、専ら被告の今川とのみ交渉していたのであり、通行承諾書の見本自体も今川から交付を受けていたのであるから、C川所有地の通行承諾書の取得という原告にとっての重大な関心事を、契約関係もなく信頼関係の薄い売主側の仲介業者に委ねるとは到底考え難く、証人今川伸夫の右証言は、責任免除を否定する原告本人尋問の結果に照らし、信用できず、他に原告による責任免除を認めるに足りる的確な証拠はない。
三 原告の損害について
1 本件カーポート使用価値相当の損害について
原告は、本件不法行為により、本件カーポートの使用価値がなくなったという前提で、不動産鑑定士による鑑定評価書の右使用価値相当額九〇万四〇〇〇円を損害として請求している。
確かに、C川がC川所有地の入り口部分に自動車を駐車するという現時点の利用形態を変更しない限り、本件カーポートの使用価値は事実上なくなったという評価も可能であろうが、本件の場合、C川所有地の利用が物理的に困難なわけではなく、その通行権の有無は、ひとえにC川の意思にかかっているのであって、前記認定にかかる経緯からすればあまり期待できないとはいえ、今後のC川の対応次第では、たとえば一定の条件付きの下で(前記認定にかかるC川の提案内容のように原告に重大な譲歩を迫るものではない。)、C川所有地の自動車の通行が可能になる余地も皆無とはいえないものと解され、現時点において、本件カーポートの使用価値が全くなくなったと評価するのには躊躇を覚えるものである。
従って、前記の使用価値相当額九〇万四〇〇〇円全額を本件の損害と認めることは出来ず、民訴法二四八条の趣旨により、本件の諸般の事情に照らし、右使用価値相当額の八割に相当する七二万三二〇〇円をもって相当な損害と認める。
被告は、原告がC川所有地の通行が出来ないのは原告に責任があり、被告の義務違反と損害上の間に相当因果関係はない旨主張するが、右の点につき原告に責任の認められないのは既に前記で判示したとおりである。
また、被告は、原告は本件不動産の代金を値切っているので、損害の発生はない旨主張している。しかしながら、前記認定事実によれば、原告はC川所有地の通行権が存在し、本件カーポートの利用が可能であることを前提に本件売買契約の代金を決定しているのであるから、仮に代金額の決定に至るまでの間に値切り交渉があったとしても、本件カーポートが利用できないことによる損害が発生しているのは明らかであって、被告の右主張は採用できない(なお、証拠によれば、本件不動産の平成一〇年一月三一日現在の近鉄不動産販売株式会社の査定価格は二四六四万円であることが認められ、これによれば、原告は特段市場価格より特に安価で本件不動産を購入したものではないと考えられる。)。
2 鑑定費用相当額について
《証拠省略》によれば、原告は、本件不法行為の損害を算定するにあたり、本件カーポートの使用価値の算定を必要としたことから、不動産鑑定士改賀正明に対し、右算定を依頼し、鑑定費用として、一五万七五〇〇円を支出した事実を認めることができる。そして、本件不法行為の内容、その損害額の算定の困難性等をあわせて考えると、原告が支出した右鑑定費用一五万七五〇〇円は、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
3 慰謝料について
原告は、本件不法行為により多大の精神的苦痛を被ったとして慰謝料も請求する。
しかしながら、本件のような不動産取引による損害の場合は、財産的損害が賠償されれば、精神的損害も一応回復されるとみるべきであるから、当然には慰謝料の請求はできず、財産的損害の賠償がされても、なお回復されない精神的損害がある場合であって、宅地建物取引業者がこれを予見し又は予見可能性があった場合に限り慰謝料請求が認められるものと解すべきところ、本件においては右特別事情の主張・立証がないから、慰謝料を認めることはできない。
4 弁護士費用について
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件不法行為と相当因果関係の認められる弁護士費用は、九万円が相当である。
四 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、債務不履行に基づく請求について判断するまでもなく、民法七一五条による不法行為に基づく損害賠償として、被告に対し、損害金九七万〇七〇〇円及びこれに対する不法行為の後の日で本件売買契約締結の日である平成九年一月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 神山隆一)
<以下省略>